レコメン特別企画第4弾&第5弾は、この曲です。
今日は失踪を取り扱うのですが、結構歌謡曲の世界では失踪ぽい歌が出てきます。今までのレコメンでも、「逃避行」とかありましたね。小林幸子の「おもいで酒」でも「あの人どうしているかしら」なんてね。
しかし、それは勝手に小林幸子が思っているだけであって、実際彼はその店に飽きただけなのでしょう。
結局、ある人が不在になって、その居所が利害関係人の誰もわからないときにこの問題が生ずるのです。さすれば、「帰ってこいよ」は民法30条1項の普通失踪、「岸壁の母」は民法30条2項の特別失踪ということになります。
まず、「帰ってこいよ」からです。一つの疑問として、帰ってこいよの詩の内容は失踪ではないのではないかということですが、これは実は違うんです。この歌の主人公は、恋心を抱いていた女の子が東京に住んでいると勝手に思っているだけであり、実際どういう生活をしているのかはわかりません。普通この手の歌は、手紙のやりとりぐらいは詞の内容に出てくるのですが、この曲はただ主人公の親が「気立てのやさしい娘だった」とか言っているだけで、何も出てきません。そう言っているところからして、まさかストーカーじゃあるまいし家族ぐるみの付き合いをしていたはずですが、ということはその女の子の親も、その娘の居所を掴んでいないということになります。これは大変なことです。
東京ぐらしも7年たって、さて、7年間便りがないなあ、しかも銀行預金残高にも何も変化がないというときに、はたと主人公(=利害関係人)は気付きます。「まさか、失踪?!」そうすると、歌の中で生存が証明された最後のときは、お岩木山で手を振ると、その娘が小さく頷いたまさにその時です。それから7年の期間が満了すれば、民法31条により失踪宣告がなされます。ただこれは、従来の住所を中心とした範囲での話であって、それこそその娘は新宿で酒場勤めをしていようと、なにしようとその行為は無効になることはありません。もっとも、酒場勤めに疲れて10年後に帰ってきた、などという場合であれば民法32条により失踪宣告は取り消されます(その諸効果は教科書などを見てくださいね)。
一方、かの太平洋戦争でアジアに渡り、結局帰ってこない息子を思って今日も岸壁に立つ母ですが、危難が去ってから1年間岸壁に立ちつづけますと(民法30条2項)、残念ながらこの場合は、失踪宣告、つまり危難が去った時に死亡したものとされます(民法31条)。しかし、この場合は母は、失踪宣告を請求しないでしょう。でも兄弟とかで遺産を狙っている人はやるかもね。ちなみに、この場合は安易に1945年8月15日から1年経ったときではなく、息子はシベリアに抑留された(と母は思っている)ので、そのシベリアから開放された時点から1年ということになりましょう。もっとも、このモデルの岸壁の母のモデルの菅原さんは最後まであきらめることなく、中国国交回復のときも望みをつないだそうですが、昭和56年に亡くなったそうです。ちなみに、昭和29年には菊池章子さんも歌ってます。
なんか今日の選曲は、我ながらよくできた感じがします。
本日の参照条文…民法30条〜32条
「帰ってこいよ」 1980年4月21日発売 ビクター
「岸壁の母」 1972年2月5日発売 キング
◆「帰ってこいよ」歌詞&MIDI
◆「岸壁の母」歌詞